個人的な話だが、音源の聴き比べをしたり、DAPの音質チェックなどの時に頼りにしているイヤフォンがある。Acoustune「HS1300SS」(32,980円)だ。振動板にミリンクスという部材を使っており、細かい音まで描写してくれて“音の違い”がわかりやすい、頼りになるイヤフォンだ。
そんなAcoustuneから、新素材と最新技術を多数投入したというフラッグシップモデルが登場した。「SHO-笙-」というモデルだ。フラッグシップだけあり219,980円と高価だが、それゆえ、どんな音になっているのが非常に気になる。借りて聴いてみたところ、想像を超えるサウンド、そして構造にぶったまげた。
“笙(しょう)”とは何か
これまでのAcoustuneイヤフォンは「HS1300SS」のように、アルファベット+数字を組み合わせた名前だった。しかし、新フラッグシップは「SHO-笙(しょう)-」と、今までとかなり違う名前になっている。最初からこの名前だったわけではなく、開発コードネームは「HS2000MX」だったそうだ。
笙は、雅楽で使用される竹管楽器で、一竹(いっちく)と呼ばれる短音と、合竹(あいたけ)と呼ばれる和音が組み合わさって、美しい響きが味わえるのが特徴。その音色は“天光を表す”とも言われるそうだ。HS2000MXに笙という愛称がつけられたのは、「笙のように美しい響きを奏でるように」というメッセージが込められている。
また、音だけでなく、翼を立ててたたずむ「鳳凰」にも見立てられる笙のような、高いデザイン性も備えているという意味も込められている。
カラーの“Deep Sea Blue”は日本の深い海をイメージしたもの。日本の伝統的な色で、鎌倉時代には武士に好まれたという“勝色(かちいろ)”も狙ったという。フラッグシップなので、ゲン担ぎの意味合いもあるそうだ。
和風なモデル名だが、パッケージデザインも“和”の趣で、なんと桐箱に入っている。高級感があるだけでなく、桐箱は気密性が高く内部の湿度を適度に保つ特徴もあるため“イヤフォンの保管に最適”と、機能面からも採用されたそうだ。
中身を見ていこう。方式としては、ダイナミックドライバーのみで、10mm口径のユニットを使っている。ハイブリッドが多いハイエンドイヤフォン市場においては、ある意味シンプルなイヤフォンだが、この振動板に大きな特徴がある。
前述の通り、笙に採用されている“ミリンクス”という素材は、人工皮膚や手術縫合糸などに使われるポリマーバイオマテリアルというもの。医療用の素材として使われているが、振動板素材としても優れていて、軽量かつ強度が高く、それでいて柔軟性もあるのが特徴。これを薄い膜のようにして振動板として使い、ドライバーとしてこれまで第3世代、第4世代と進化を重ねてきた。
では“笙”のドライバーは何世代目なのかというと、最上位モデルだけあり、世代がどうとかいう以前に、今までのミリンクスドライバーとワケが違う。なんと、ミリンクス振動板に日本製のベリリウム薄膜加工ドームを組み合わせているのだ。
2つの素材を組み合わせているのは、理由がある。ベリリウムのような金属膜を単一で振動板にすると、剛性は高いが適度な柔軟性が損なわれる。そこで、ベリリウム膜にミリンクス基材を貼り合わせる事で、“強度と必要な柔軟性”の両立を狙ったというわけだ。
また、ご存知通り、ダイナミック型ドライバーは“繋がりの良いサウンド”や“豊かな低音”が特徴だが、それを維持しながら、ベリリウム薄膜加工ドームを組み合わせる事で、“共振を抑制して、締まりのある低音”も実現したという。
ミリンクス+ベリリウム薄膜加工ドームが、なぜ今まで実現できなかったのか。Acoustuneによれば、以前から物性レポートや試作を通して、驚くほど音響特性のポテンシャルが高いことはわかっていたという。しかし、ベリリウムは希少金属材料であり、さらにコロナ禍での主に医療機器向けなどの世界的な需要の高まりもあって、安定的な調達の目途が立たなかった。
しかし、日本の材料メーカーとの協業により、量産性を維持できるサプライチェーンを担保出来るようになったという。
“材料があれば簡単に作れる”というものでもない。ミリンクスコンポジット振動板を通じて金属薄膜ドーム成形のノウハウを持つAcoustuneでも、ベリリウムの特性を活かすには、さらなる高精度で高難度な成形技術が要求されたという。例えば、ドームの成形工程や貼付工程でも、ミリンクスコンポジットで最初に採用されたチタン膜に比較し、さらに高温高圧の条件下で成形しなければならないなど、困難の連続。それらを、日本の材料メーカーとの技術的な協業もあってクリアし、“笙”に初めて採用できたそうだ。
単に“ドライバーがスゴイ”だけではない、それを収納しているチャンバーにもこだわりがある。素材にCNC切削の超々ジュラルミンを採用。「A7075」と呼ばれる素材で、軽量な金属であるアルミニウム合金の中でも、最も高い強度を持ち、航空機にも使われているそうだ。
また、チタンやステンレスのような削りにくい素材と比べて、切削性にも優れているため、メチャメチャ高精度にカタチを作れるらしい。これにより、ドライバーとチャンバーのクリアランスを限界まで追い込め、従来の材料でチャンバーを作るより、リジッドにマウントできるようになった。要するに、進化したドライバーを、今までにないほどガッチリホールドして動かせるというわけだ。
また、このチャンバーとハウジングが干渉して音質が低下しないような工夫も徹底されている。それがAcoustuneイヤフォンの大きな特徴である“モジュラー構造”。つまり、ユニットが内蔵されたチャンバーと、ハウジングが完全に別の筐体になっているのだ。
笙ではこの技術がさらに進化。ネジを外すと、芸術的ですらあるで複雑な形状のアウターハウジングがパカッとオープンし、チャンバーをユーザーが取り外せる「Acoustune Capsule Technology(A.C.T)」が初めて採用された。
実際にネジを外してチャンバーを取り外してみたが、開閉動作やチャンバーを配置した時のガタツキの無さなど、全てのパーツが異常とも言えるほど高精度に作られいるのがよくわかり、まるで高級腕時計をさわっているかのようだ。開閉している時の気分はプラモを組み立てているようなワクワクに満ちており、男心をくすぐる。
将来的にチャンバー部分を交換して、アップグレードできる構想だ。今のところ、具体的なアップグレード製品はアナウンスされていないが、「今までチャレンジ出来なかった材料をチャンバー部に採用したオプションが構想にある」という。
それにしても、非常に高精度なので、この“カッチリ具合”を楽しみたくで、意味もなくネジを外してしまう。休日にコーヒーでも飲みながら、お気に入りのイヤフォンをイジるというのは、なんとも幸せな時間だ。
音質の面では、イヤーピースも重要なパーツだ。通常タイプのピースとしてメーカー開発時にリファレンスとしても使われているという「AET07」のリニューアルバージョン「AEX07」がS/M/Lの3サイズ付属する。
注目は、これに加えて同梱される新形状イヤーピース「AEX50」だ。素材に、SMPテクノロジーズ製の形状記憶ポリマー「SMP iFit」を使っており、形状的に裾が大きく広がった“ダブルウィング形状”を採用している。笙は、このAEX50をリファレンスイヤーピースと位置づけている。
詳しくは後述するが、この独特の形状がかなり音質、というか音場の向上に寄与している。カタチを見れば一目瞭然だが、裾が広いため、イヤーピースをグイグイ耳奥に押し込まなくても、耳穴の入り口に裾の部分がピッタリとフィットして遮音性を高めてくれる。これにより、耳穴奥までピースを押し込んだ時よりも閉塞感が少なく、耳の疲れも少なくなっている。サイズはXS/S/M/L/XLの5種類と豊富だ。
最後にケーブルもチェックしよう。Acoustuneの新世代ケーブルと位置づけられる「ARS100」シリーズを採用した。オーディオケーブル専業メーカーと共同開発したもので、線材はシルバーコートOFC線と極細OFC線のハイブリッドケーブルを16芯構造で採用している。
イヤフォン側の端子は、日本ディックス製Pentaconn Ear端子を使っている。コネクター、スプリッター、イヤホンジャック部分も金属パーツだが、本体カラーと同じDeep Sea Blueカラーになっており、統一感がカッコいい。入力端子はステレオミニだ。
音を聴いてみる
プレーヤーには「A&ultima SP2000T」やFiiO「M17」を使用。まずはステレオミニのアンバランス接続で聴いてみよう。イヤーピースは新形状の「AEX50」だ。
いつものように「藤田恵美/Best OF My Love」を再生すると、冒頭のギターが鳴った瞬間に「おっほほほー!!!」という意味不明な言葉が出る。「これはホントにイヤフォンか? ヘッドフォンじゃないのか?」と思うほど広大な音場が広がり、そこにシャープなのにしなやかなギターの音が繊細に流れていく。弦が震える細かい音がクッキリ見えつつ、ギターの筐体が響く木の音はゆったりと芳醇だ。
続くボーカルの声もリアル。付帯音が一切感じられず、アコースティックな音が生っぽく、それでいて高精細なのは「さすがAcoustune」という感じだが、笙はこれまでのAcoustuneイヤフォンよりもさらに、細かな音の1つ1つがシャープで情報量が多い。これがミリンクスにベリリウム薄膜加工ドームを組み合わせた新ドライバーの効果なのだろう。
「マイケル・ジャクソン/スリラー」を聴くと、冒頭の扉が「ギィイイー!」ときしむ音がリアルかつソリッド過ぎて思わず首をすくめてしまう。続くビートのキレ、背後にとどろく雷鳴のトランジェントが異次元に鋭い。驚くのは、こんなにシャープで高精細なのに、エッジを無理に立たせたような誇張感が一切感じられず、「無理やりカリカリにしました」というようなキツさが無い事だ。音は“素のまま”だが“めちゃくちゃ情報量が多い”ので音の様子が良く見えて、それによってシャープに聴こえる……という感じだ。
バランスド・アーマチュア(BA)ドライバーのイヤフォンでも高域描写は繊細だが、BAの場合はBA特有の金属質な響きがまとわりついたり、他の帯域と比べて、高域の音だけ輪郭が強調されたような不自然さを感じる事がある。笙はそんなBAの高域とはまったく違う。
ダイナミック型なので当たり前なのだが、“ダイナミック型の自然な音”のまま、BAの高級イヤフォンに匹敵する……いや、それを凌駕するような情報量の高域を実現している。そのため、聴いていると「良く出来たBA+ダイナミック型のハイブリッドイヤフォン」という感じもせず、それを超えた、もっと別のイヤフォンを聴いているような気分になる。いや、イヤフォンというより、フロア型のスピーカーを聴いているような気分だ。
恐ろしい事に、この分解能の高さ、情報量の多さは、中高域だけの話ではなく低域にも共通する。「Best OF My Love」の1分すぎから入るアコースティックベースも驚くほど深く沈み、大迫力なのだが、その低音の見通しの良さがハンパではない。ゴーンと沈んだ井戸の底で、ブルブル震える弦の音まで見える。岸壁から深い海の底をのぞき見たようで、ちょっと怖さすら感じる。そして、これだけ押し出しの強い低音が出ている中でも、シャカシャカというパーカッションの高域は一切埋もれず、空中に分離して、ギョッとするほど低音から離れた位置に定位。その音が奥まで広がる音場に伝わっていく様子も良く見える。
こりゃすごいと興奮しながら、「バランス駆動にしたらもっとスゴイのではないか」とケーブルを付け替えると、マジで世界が変わる。まるで「今までのは準備運動っすよ」と言うかのようだ。
1つ1つの音がよりパワフルになり、聴こえていた細かい音が、よりハッキリと描写され、情報量が洪水のように押し寄せてくる。同時に、空間はさらに広大になり、完全に今までのイヤフォンの世界を超えている。そして驚くべきは、これだけ音の出方がパワフルになっても、中高域はキツくならず、アンバランス時に感じていた“しなやかさ”も維持されている。つまり、ザツで大味な音にはならないのだ。
先ほどスゴイと思っていた低音が、さらにスゴくなる。「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」冒頭のベースが「バゴーン!!」と沈む。その大迫力低音の中で、ブルルル……と震える弦の様子が本当に聴こえる。こんな低音は、今までイヤフォンで聴いたことがない。これは絶対にバランス駆動で使うべきイヤフォンだ。
実はイヤーピースが超重要
笙の音の良さは十分わかったが、気になるのはイヤフォンと思えない“音場の広さ”だ。この秘密はやはり、新形状イヤーピース「AEX50」にある。裾が広く、耳奥まで押し込まなくても遮音性や安定感が得られるため、耳穴深く押し込む通常イヤフォンと比べ、もともとの音場が広いのだ。
AirPods Proを使ったことがある人は、音場の広さ、閉塞感の無さを実感した事があると思うが、あれとよく似ている。しかし、AEX50イヤピースは、AirPods Proのような音場の広さを持ちながら、AirPods Proよりも密着感があるため、中低域が抜けてしまうような“スカスカ感”は無い。これが高音質かつ、従来のイヤフォンを超える音場感を実現している理由だろう。
試しに、AEX50から通常タイプのピース「AET07」に付け替えて聴いてみると、音場が狭くなり、ボーカルや楽器の音がグッと近くなる。いや、それでも超高音質なイヤフォンなので不満はないのだが、AEX50の音と比べてしまうと「ああ、あの広い世界に戻りたい」、「この部屋から出たい」という気持ちになってしまう。これは一度聴いてしまうと、戻れない。
ちなみに、Acoustuneと言えば、ハウジングと音響チャンバーを分離できる特徴を活用し、ユーザーの耳型を使ってハウジング部分をカスタムで作るサービスを「ST1000」、「ST300」として実施している。笙でも同様のサービスが「ST2000(仮称)」として、技術的な検討が行なわれている段階とのこと。笙のサウンドは、さらに進化しそうだ。
やっぱり有線イヤフォンはヤバい
試聴に使ったDAPの「A&ultima SP2000T」は、オペアンプに加え、Nutubeの真空管アンプも搭載したプレーヤーで、オペアンプの音と、真空管アンプの音を切り替えたり、混ぜ合わせたりして音の違いが楽しめるのだが、笙のように情報量が多く、色付けが少なく、ワイドレンジなイヤフォンだと、アンプによる音の違いが本当に良く分かる。「これから聴き比べるぞ」と身を乗り出さなくても、鼻歌交じりに切り替えながら「あーぜんぜん違うわ」とわかる。この実力ならば、モニターイヤフォン、リファレンスイヤフォンとして十二分に使えるだろう。
それでいて、バランス接続で聴いたような圧倒的な低音の深さ、分解能もあるため、迫力ある音楽を、旨味たっぷりに楽しむ時にも最高だ。
空間が広く、情報量が多いため、クラシックや映画のサントラとも愛称はバツグン。「機動戦士ガンダムUC」のサントラから「UNICORN」を聴くと、折り重なるストリングスが1音1音しなやかに描き分けられ、大太鼓のドンドンという鋭くも重い低音が地面を伝わり、それがグァアアー! っと音圧豊かに押し寄せてきて、あまりの気持ちよさに昇天しそうになる。
続いて「MOBILE SUIT」という楽曲も聴いたが、押し寄せる中低域、超絶分解能、それでいてアコースティックな質感も聴き取れ、もはや「音が良い」を通り越して悪魔的な快楽に満ちている。
最近、便利さに負けて完全ワイヤレスイヤフォンを使う時間が増えているのだが、笙を聴くと「やっぱ有線イヤフォンってヤバいな」と感じる。有線イヤフォンの進化も一段落したような気持ちでいたが、次の世界を見せてくれた感じがあり、このイヤフォンとどんなDAPを組み合わせてみようかとワクワクしてくる。確かに高価なモデルだが、その価値はある。ポータブルオーディオ趣味の魅力自体を再確認させてくれるようなイヤフォンだ。
(協力:アユート)
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